でかけたとき日記

すべては充実した老後のために!

映画『アマデウス(1984)』観てきましたー。

 

50過ぎまで全然でかけない人生だったので、今になってジャンジャンバリバリ出かけています。

今日はシネマ・サンシャインでやっている企画、「午前十時の映画祭15」で『アマデウス(1984)』観てきましたー。

 

会場前のチラシ

 

『アマデウス』は大ヒット作にして、映画史に残る傑作。オスカーも8部門で取ってます。

世代ど真ん中なので、もちろん公開当時も観ていますし、当時仲良かった友達とバス停でこの映画の話をしたのを覚えてます。 DVDも持っています(Blu-rayではなく)。

でも確か映画館では観たことがないので、今回は楽しみにしてました。爆音で見られるのも嬉しいです。

 

見どころが多すぎる映画ですけど、ざっと挙げれば

① サリエリ役のF. マーリー・エイブラハムと、モーツァルト役のトム・ハリスの演技合戦

(オスカーにダブル・ノミネートされて、エイブラハムが取りました)

② 劇中で使用されるモーツァルトの楽曲の編曲ぶり

③ 豪華な衣装、建築、内装、美術

④ コンスタンツェのかわいらしさ

⑤ その他ありとあらゆるもの

こんな感じですかね(全部w)

 

公開当時はとにかく、その音楽ぶりが大きな話題で、ほんまもんのモーツァルトとは似ても似つかぬ編曲ぶりに、「これはモーツァルトではない、ロックだ」と言われていたのを覚えています。

 

今日久しぶりに観ましたけど、やはり冒頭から流れる音楽にやられ、次々繰り出される名曲にやられっぱなしでした。モーツァルトったら、必殺技ばっかり繰り出してくるんですよー。

でも、これくらいの編曲でいいと思うんですよ。だって劇中でも、モーツァルトがサリエリと初対面する時、モーツァルトはサリエリが作った歓迎の小曲に、ガンガン音符を足して編曲しちゃってますし、

『後宮からの誘拐』でも、皇帝(ヨーゼフ2世)に「音符が多い」って言われてるところを見ると、モーツァルトってやっぱり当時としては「やりすぎ」なわけです。

ということは、あれから200年とか経ってる現代でやるなら、もっとうるさいロック並みの爆音とか、EDM並みの音数にして、全然いいと思うんです。それができる楽曲ばかりだから、モーツァルトはこれからの未来も生きていけるわけで。

 

ところで、今回映画館で見るにあたって、ひとつ気になっていたことがありました。

私はこの映画は大好きなのですが、かと言って理解できるかは別で、モーツァルトはともかくサリエリのことが、私わかんないんですよね。

映画は、精神病院にいるサリエリが自分で首を切って自殺しようとするというショッキングなシーンから始まります。

そして告白するわけです。「自分がモーツァルトを殺した」と。

そこからサリエリの回想が始まるのですが、その時サリエリは言うわけです。「モーツァルトは自分の憧れのアイドルだった」と。

 

まず、①愛するがゆえに愛憎へと感情をこじらせて相手を殺した人間が、数十年後とはいえそれを悔いて自殺しますかね。世間が正しくモーツァルトの才能を評価できずにモーツァルトが落ちぶれていく中で、サリエリだけはモーツァルトを理解し、屈折しているとはいえ愛しているわけです。そして自分に同等の才能を与えなかった神を恨んでるわけです。

こうなってくると、「モーツァルトの凄さをちゃんと理解しているのは自分だけだ」とか「神に選ばれたモーツァルトを殺した自分は神を超えた」とか、勝ち誇るような気持ちになって、恍惚のもとに精神病院で暮らしそうな気がするんですよね、、、モーツァルトの楽譜をなんとか手に入れて、胸に大事に抱えたりして。

 

それから、②モーツァルトの天才を目の当たりにして、その才を自分に与えなかった神を恨み、神への復讐を決意したのはいいとして、そのやり方が「モーツァルトにレクイエム(葬送曲)作曲の依頼をし、それを手伝うふりをして楽曲を奪い、自分名義にしてモーツァルトの葬式で流そう」って、それって復讐になってるんでしょうか。

皮肉が効いてるなとは思いますけど、曲が流れた途端、聴いてる人に「あれ?これサリエリの曲じゃなくね?」ってすぐバレると思うんですけどね、、、恥かくだけじゃんかと。

 

他にもしっくりこないところがあるのに、もう忘れちゃったのですが(頭悪い)、

つまり私には、どこがどのように神への復讐になってるのかがわからないし、モーツァルトを殺害する動機が曖昧でよく理解できず、すっきりしないんです。

どこかに無理がある。矛盾しているような気がする。あるいは描かれていない部分がある気がする。もやもやする。

 

なので今回あらためてその部分に注目して観てみましたが、やっぱりわかりませんでした。とほほ。

 

まあ、この映画は事実とはかけ離れた作品で、サリエリはモーツァルトを殺したりなんかしていないし、モーツァルトへの嫉妬をたぎらせていたかは分かりません。モーツァルトの死因が良く分からないことから、同時代のサリエリを絡ませて、サスペンス作品に仕立て上げたのがこの映画です。

それで、この映画を観た私はかなり昔からモーツァルトよりもサリエリの方に興味があって、「サリエリの本を読んでみたいなあ」と思っているのですが、例によってまだ読んでません。何十年も経ってるのに。

サリエリの悲劇はモーツァルトとの出会いというよりは、当時としては異常に長く生きてしまったことにあるような気がして、本当のサリエリの姿を知りたいなと、今回も思いました。

長生きが故に、世間にすっかり忘れ去られ、天才的な若手が次々と現れて益々自分が過去に追いやられていく。

それがサリエリの悲劇の最たるものかと。

 

どなたかモーツァルト&サリエリを題材に、無理にサスペンス色を強調するのではなく、もう少し普通の自伝的な切り口で映画化してくれませんかねえ。

 

 

アマデウス(字幕版)

アマデウス(字幕版)

  • F・マーリー・エイブラハム
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