今日も渋谷のシアター・イメージフォーラムへ、映画監督の「チャールズ・バーネット特集」に行ってきました。
正しくは「チャールズ・バーネット エブリデイ・ブルース」と題して、『キラー・オブ・シープ(1977)』と『マイ・ブラザーズ・ウェディング(1983)』のディレクターズ・カット版の2作品です。
今日のお供は、結局ちゃんとした版を買ってしまった『モンテ・クリスト伯』です。

先日まで岩波少年文庫版全3巻を読んでいたのですが、やっぱり少年少女向けに翻訳されていたのが物足りなかったのと、話がだいぶ面白かったので、やはり読み直そうと思った次第です。
普段は同じ本を連続して読むことはないのですが、今回は「鉄は熱いうちに打て!」とも思いました。
となると岩波文庫版を買い求めるのが通常だと思うのですが、ちょうど光文社文庫が新訳を刊行中で、現在2巻まで出ていることを知りました。
全6巻予定で、今現在絶賛翻訳中。第3巻が出るのが今年の8月で、最後の第6巻が出るのが2028年の8月ということで、だいぶ気が長い話ですけど、これがちょうどいいなと思いました。
だって岩波文庫版は全7巻が出そろってるので、一気に読まなくちゃいけなくて、途中で飽きたりしたらどうしようとプレッシャーが、、、
その点、光文社文庫版はとりあえず2巻しか出てませんからね。3巻目が出る8月を楽しみに他の本を読むこともできますし、「早く次が出ないかな」と心待ちにするのも楽しい気がして。
しか-し、ひとつだけ難点が。
モンテ・クリスト伯と言えば、登場人物が多い上に関係が複雑で有名です。岩波少年文庫版は、さすが少年少女向けということで、以下のような「おもな登場人物」が載っている親切設計。

これ、めっちゃ助かってたので、光文社文庫版にも欲しかった、、、でも読み終わったばかりですからね、きっと覚えているでせう。
さ、今日の気温は20℃予想。春の上着を着て、行ってきます!

さ、今日観る映画は2本。いつもはなるべく1本にするのですが、今回は監督チャールズ・バーネット特集なので、いっぺんに2本見てしまいます。どちらも80分程度の短い映画ですし。

私はこの監督を全く知らなかったのですが、『ドイツ零年』と「『新ドイツ零年』を見た時に予告編を見て、絶対見たいと思った作品でした。それくらい予告編が印象的だった。
チャールズ・バーネットは黒人映画監督で、1977年に監督した長編デビュー作『キラー・オブ・シープ』がベルリン映画祭で国際批評家連盟賞を受賞し、一躍注目されたそうです。
ところが音楽権利の問題で映画公開がかなわず、ずっとお蔵入りとなってしまい、日の目を見ることなく時が経ってしまった。
それが2007年になってアメリカ公開が実現し、改めて注目されているとのこと。
今回はその長編デビュー作である『キラー・オブ・シープ』と、第2作目である『マイ・ブラザーズ・ウェディング』が公開されています。
『キラー・オブ・シープ』の方は、モノクロ作品。

アメリカ南部に住むスタンを中心に、当時の南部アメリカに住む黒人コミュニティの日常を描き出す話で、娯楽要素ゼロでリアリティ重視の低予算インディペンデントでした。
スタンだけでなく、出てくるコミュニティの黒人たちは一様に貧しくて、70年代とはいえ、繁栄を極めたアメリカが舞台という感じがしませんでした。
職がなく、貧困で、暇を持て余し、活気がなく、みな疲労困憊している様子。中には盗みを働き小銭に変えようとする者もいるし、逆に誰かが盗みに来るかもしれないと警戒している、そんな社会。
そんな中でも主人公のスタンは割と堅気というか、家族を養おうと羊を解体する屠殺場で働いています(はてなブログ、屠殺場が一発変換できないですね)。
この屠殺風景が本物で結構エグイ。羊の死体を上から吊るして皮を剥ぐんですけどね、まるで洋服を脱いで真っ裸にされたかのような恥ずかしさがありました。
一方、『マイ・ブラザーズ・ウェディング』の方はカラー作品。

やはり貧しいことは貧しいんでしょうけど、カラーになったせいか若干豊かになっているようにも見えました。
実家のクリーニング店を手伝いながらも、不良仲間のソルジャーとの縁を切れず、なかなか大人になり切れない青年ピアースが主人公。
家族のことも愛してるし、クリーニング屋も手伝うのはやぶさかじゃないし、でもソルジャーとの義理も果たしたいし、それで結構右往左往します。
二作品とも見て思ったのは、絵的には詩情が感じられて美しいんですけど、実際この中で生きていくとなると話は別で、私は絶対に嫌だと思いました。
70年代のアメリカは不景気だったとは思いますけど、それでもアメリカですからね。都市部なんかは発展してるわけです。
でも黒人が多い南部は、まるでメキシコとかブラジルかと思うような、どう頑張っても上へは行けない、豊かになんかなれない、ここを抜け出せない、そんな諦めからくる倦怠感を感じました。
同じ国に生きながら、すごく豊かな地方と貧しい地方の格差が激しいって、どうにもやりきれない悲しさがあります。
日本の場合、戦後に貧しいのは日本中が貧しかったし、70年代頃の不景気も日本中が不景気でしたし、80年代の豊かさも日本中が豊かでした。もちろん多少の差はあるんですけど、激しい格差というほどではなかったです。
今現在の日本だって、格差が広がっているとは言っても、ここまで格差があるわけじゃないですよね。
おまけに彼らは差別される側の黒人なので、希望のなさも二重に取り巻いています。

さ、今日はこれから母のリクエスト、西銀座チャンスセンターでバレンタイン・ジャンボを買うために有楽町を経由して帰ります。
私は宝くじは「どこで買っても当たる確率は一緒」だと思ってるんですけど、母はどうしても「そんなことはない。有楽町のチャンスセンターは当たる」と言って譲りません。
私は絶対に同じだと思うんですよね。だって1万枚あったとして、あたりくじが1枚だとしたら、当たる確率は一万分の一なんだから、どこで買おうと一万分の一は変わりません。
でも母はどうしてもそれが呑み込めないので、今日は西銀座チャンスセンターで20枚買って帰ります。

連番を10枚、バラを10枚買ったんですけど、帰りがけにふとガラスに貼ってある、あるグッズの写真が目に留まりました。
なんと買った宝くじをしまっておく桐の箱が1000円で売っている。
買いましたよー。母へのお土産にしようと思って。

いいでしょう笑。
これに入れておけば、大金が当たる気がします。
追記:明日は先日亡くなったS先生のお通夜があって、私は受付をすることになっています。
なのでこれから喪服や香典の準備をして、万端整えてから寝ます。