今日は歯医者に行って、それから話題の映画『Michael/マイケル』を見に行きます!
正直言うとそんなには期待していません!笑
なぜならドキュメンタリーならともかく、俳優が演じる再現映画です。それも歴史上の人物ではなく、記憶に新しいスーパースター、マイケル・ジャクソンが題材ですから、、、
マイケルの、現実の人じゃないみたいな、ミステリアスな雰囲気を出すのは結構難しいのではないかしら、、、ていうか、無理なんじゃないかしら。そんな不安がややあります。
似てなくてもいいんです。マイケルの本質を感じさせてくれれば。でもそんなことが出来るのか、、、
そんな感じで、がっかりするのは嫌なので最初からあんまり期待しないことにします。
では行ってきます!



不安は杞憂でした、、、感動して、何度も涙がにじみました。涙が出た理由ははっきりと2点です。
ひとつはマイケルの声ですね。マイケルの歌声に心が震えて涙がにじみました。
特にジャクソン5時代のマイケルの声は本当に心に響きました。透明で純真。上手く歌おうとか、感動させようとか、どうだ上手いだろうとか、そういう邪心を全く感じない、歌うことに100%集中した一途な歌声に感じます。
映画ではマイケル自身の声と俳優の声をミックスさせているらしいんですけど、私にはマイケル・ジャクソンの声そのものに聞こえました。
それにライブ・シーンは ”かぶせ” だとしても、レコーディング・シーンは役者自身が歌っているらしいんです。でも私には何の違和感も感じず、映画を見ている間ずっと、マイケルの声そのものに思えました。そのくらい再現度が高かったです。
ふたつめはマイケルを演じた俳優たちの演技に涙が出ました。少年マイケルを演じたジュリアーノ・クルー・ヴァルディも、大人マイケルを演じたジャファー・ジャクソンも、渾身の出来だと思います。
ちょっとした仕草とか、首の傾け方とか、表情の創り方とか、映画を見ていて往時のマイケルを思い出しました。
日常のシーンでも見事にマイケルになり切っていたと思いますけど、ライブ・パフォーマンスが圧巻で素晴らしかったです。演じたジャファーは、心底マイケルになってパフォーマンスしていたんじゃないでしょうか。

映画の内容については、ジャクソン5の結成からその活動期間を経て、ソロデビュー、それも『BAD』まで、という時間軸です。それ以降は描かれません。
私たちがよく知る、表舞台の大スター、マイケル・ジャクソンとしてのエピソードについては、リアルタイム世代であれば知っている出来事ばかりをかいつまんで繋げている感じ。
MTVで『ビリー・ジーン』がかかった経緯とか、楽譜を使って作曲していなかったとか、プリンスとの関係とか、バブルス君のこととか、ちらっ、さらっという感じ。
それから、色々疑惑や憶測が流れてきた、私たちにはうかがい知れないプライベートのマイケルについても、マイケルの深層を深く掘り下げるというよりはダイジェスト的にさらっと紹介する感じ。
子供の頃からピーターパンが好きだったんだ → でもネバーランドには触れない
子供好きで慰問に行ったりサインしたりしてた → でも性的疑惑には触れない
鼻を整形したけど、それは鼻の通りを良くしただけなんだ → それ以上は踏み込まない
急に白人みたいに白くなっちゃった → 手首に白斑が出来ていたり、顔にメイクしているシーンがわずかに描かれるだけ
だいたいそんな感じで深堀りは全くしません。
では何に力を込めて描いていたかというと、「父親との葛藤」と「その父親からの自立」。兄弟たちとの関係はほとんど絵描かれません(たくさん出てくるのに)。
ジャーメインがどれだったのか分からないくらいで、ラトーヤは数回映ってましたけどジャネットに至っては姿かたちもありませんでした(たぶん)。あんなに大スターになったのに。
そんな感じに兄弟たちとの関係は犠牲にして、父親との葛藤に強烈にスポットがあたっていました。
その父親ですけど、自分の子供たちと「ジャクソン5」を私物化する姿が執拗に描かれていていて、特には暴言、時には暴力、というお方でした。きっと事実なんでしょう。
でもなあ、あの時代はあの程度の暴言や暴力なんて日常茶飯事だったし、私だってどれだけ叩かれて育ったか知れません。でもあれも一種の愛情と受け止めていたので親を恨んでなんかいませんよ。
それに男親にありがちだと思うんですけど、男親って子供と接する時、コーチになりがちなんですよね。特にスポーツとか芸能のジャンルに多いと思う。
私が仕事から帰る道すがら、いつも小学生の息子とキャッチボールしているお父さんがいますが、あれは一緒に遊んでいる姿ではなく、コーチをしている姿です。
でもスポーツであれば、子供はそのうちどこかのチームに属してしまうので、あるタイミングで他のコーチに権限を委譲する時が来るんですけど、芸能だとマネージャーになってしまって永遠に続きやすい。
なのでマイケルの父親が特に異常なのではなく、一般人の間でも割と良くある父と息子の葛藤なのであって、要は「ありがちな自立物語」です。
だから私は「父親ひでー」とかは全く思わず、「ああ、マイケルはこのタイミングで自立出来たんだな、よく頑張ったね」と、当たり前の成長物語として映画を見ました。

それから、この映画で批判が集まりそうかなと思うのは、まずマイケルを演じたジャファー・ジャクソンのシルエットですね。「マイケルと違う」とか言う人が出てきそう。
確かにジャファーはマイケルと比較すると、普通の中肉中背みたいなスタイルで、マイケルのあの細身の体系と比べると若干もっさりしている。特にステージでのダンスシーンではそれが目立っていたことは事実です。
でも、別の人ですからね、ジャファーとマイケルは。声や表情は似せることができて、ダンスは特訓すればそれなりにマイケルっぽく踊ってるように見せることができても、体型だけはなんともできません。
私はジャファーの体型を見て「マイケルはもっとスタイルがいい」などと批判的な気持ちではなく、逆に「マイケルって、スタイルまでも異次元だったのだなあ」と、マイケルのスター性を再確認しました。
それからもう一つ、批判が集まるだろうなあと思うのは、やっぱりマイケルの影の部分にほとんどスポットを当てていないことですね。
繰り返しになりますけど、整形疑惑、子供への性的加害疑惑、急に白人みたいに色白になったことなど、数々の疑惑に全く向き合っていない作品であることは事実です。
でも、私はこれでいいと思うんですよね、、、この映画はそういう「スターの真実を暴く!」という暴露系映画でも、「大スターの裏の顔を暴き、人間の闇に迫るドキュメント」みたいな社会派映画なわけでもなく、ただのポップ・スターのポップ・エンタメ映画なんだと思うんです。
実際に映画は、マイケルの歌声、マイケルの楽曲、マイケルのパフォーマンス、そしてそれを演じた二人の役者、これに尽きます。それだけで十分感動がありました。
私はそれでいいと思う。一体誰がそんなマイケルの闇を知りたいって言うんでしょうか。私は全然知りたくないです。
そんな、うだうだ、ぐるぐる、ドロドロ、ネチネチとした心理映画なんて、観たくない。多くの障壁があっても乗り越えていき、キラキラ輝くヒーロー、マイケル・ジャクソンの姿で十分感動しました。
というわけで、私はこの映画を音楽映画として感動したので、サントラ買っちゃいましたー(パンフレットはいつも買いません)。
あ、余談ですが、ラトーヤについては出てきた瞬間「wラトーヤ」って思うくらい分かりやすい格好してましたね、、、あれ、何なんでしょうか。普段から鉢巻してたんでしょうか(ラトーヤってあの鉢巻の印象が強い)。それともちょっとしか映らないから分かりやすくしたんでしょうか。謎です。

