昨日の投稿の続きです。
10代から20代にかけて、ジョージ・マイケルのファンだった私は、彼のドキュメンタリー映画が公開されるとのことで昨日見てまいりました。
今日はその感想、、、というか、映画を見て思ったことを書こうと思います。重めで理屈っぽいので、そういうのが好きじゃない人はブラウザバックしてください。
繰り返しになりますが、中学、高校、二十歳過ぎまで、ジョージ・マイケルのファンでした。
でもWham!の途中、3rdアルバムからジョージがみるみる暗く陰気になっていき、『LISTEN WITHOUT PREJUDICE VOL. 1』あたりからはPOPさは鳴りを潜め、『Older』はレコジャケまで怖いという風に、どんどん暗く重くなっていくのについていけず、『Older』以降は挫折しました。
その後は性的なゴシップでしか耳にしなくなり、確か『Amazing』かなあ、久しぶりのスマッシュだったのかMTVでPVを見たくらいで、ほとんど関心がなくなっていました。
2016年12月にジョージ・マイケルが亡くなった時も、奇しくも同じ2016年4月のプリンス死去の方がインパクトがあったくらいで、ジョージの方は割と淡々と受け止めた感じでした。
でも今回、ジョージ・マイケルの映画が公開されると聞けば、いてもたってもいられなくなり、ぜひ見ようと思ったわけです。
私はこの映画を観に行くにあたって、ジョージ・マイケルはどこで間違えたのか、何がいけなかったのか、いや間違いなんかじゃなかったのか、そういうのを知りたいと思って行ったのですが、あれほどのスターだったジョージが転落していく様を見ている間、私はずっと中森明菜と松田聖子を思い浮かべていました。なんか似てるなあと。
ジョージ・マイケルが大活躍だった80年代は、日本は中森明菜と松田聖子の時代でもありました。
この二人は何もかもが対照的で色々と比べられることが多いわけですけれど、「本当の自分」と「大スターである自分」との距離の取り方も対照的です。
中森明菜は自分のパブリック・イメージ(マッチにこだわって恨み節いっぱいな)に楽曲を寄せていく戦略をとっていました。特に後半は顕著で、『難破船』しかり、『TANGO NOIR』しかり、『I MISSED "THE SHOCK"』しかり、80年代後半の中森明菜の曲はそんなのばっかりです。
対してそれと真逆なのが松田聖子で、彼女は完全に「永遠のアイドル聖子ちゃん」というフィクションを、自分で意識的にやっていました。その後も彼女は「究極のアイドル聖子ちゃん」を自覚的に演じてきたし、ファンもそれがフィクションだと分かって応援し、「松田聖子という幻想」を一緒になって盛り上げていると思います。
私は歌手としては中森明菜の方が好きですけど、『難破船』に代表されるような、プライベートを反映させた曲は嫌いです。マッチへの偏執狂的な執着を思い起こさせる曲なんか聴きたくない。あれを「一途な明菜ちゃん」だなんて、到底思えません。
私は幻想の「カッコいい中森明菜」が好きなのであって、たとえそれがウソであっても、いつもカッコいいところだけを見せて欲しい。
私は松田聖子のスタンスがエンターテインメントとしては正しいと思います。プロフェッショナルだと思う。
ではなぜ松田聖子にはそれができて、中森明菜はできなかったのかというと、松田聖子は芸名で、中森明菜は本名だからという意見があります。
松田聖子は芸名なので、本名である蒲池法子とは分けて考えることができる。「本当の私=蒲池法子」なのであって、「永遠に可愛い聖子ちゃん」はあくまでもお仕事として、自分でプロデュースしていける。
中森明菜も最初こそは「頭が悪くて育ちも悪い私とは違う、理想の明菜ちゃんを演じよう」としていたのに、彼女の場合は本名なので、途中から境界があいまいになって一体化してしまった。フィクションとリアルの境が分からなくなってしまったんじゃないかと思うわけです。
マッチと明菜はとっくの昔に終わっていて、特にマッチからすればはっきり終わっていたのに、明菜は認めなかった。そして業界もそれを許さなかった。当時は週刊誌もTVも二人の関係を利用して、めちゃくちゃに稼いでいましたから、二人はまだ終わっていないかのように演出して、相変わらず稼いでいた。
それをマッチは分かっていて、ビジネスと割り切って意図的に乗っかっていたけれど、明菜は分からなかった。
『難破船』の頃かなあ、マッチが雑誌のインタビューで「明菜ちゃんとのことは営業です!」と言って、ファンに叩かれていましたけど、あれはマッチからすれば本当のことだったんだと私は思っています。
本当は終わっているのに、マスコミは二人がまだ付き合っているものとして報道する。実際週刊誌を開けば二人の交際が続いているかのようだし、事務所も二人の話題性を利用しているので、明菜が「マッチに会う」と言えば反対もしない。だから明菜は二人の関係はまだ終わっていないと思う。
それが全部まやかしだった、大人たちに利用されていた、それもマッチも一緒になって、と分かった時にあの悲劇が起きたんだと、私は思っています。
しかも一方的に利用されていたわけではなく、自分だってそのイメージを利用して曲を作っていたわけですから救いようがない。同じ穴の狢です。
そしてその後も、陰鬱でメンヘラな恋の歌ばかりを歌って、「可哀そうな明菜ちゃん」のイメージを脱却できていません。
ではジョージ・マイケルはどうかというと、私は「松田聖子になれたかもしれないのに、中森明菜になってしまった男」のように感じました。
映画内でも言っていましたが、彼は本名をジョルジオス・キリアコス・パナイオトゥと言って、ジョージ・マイケルは芸名です。
Wham!の明るくてファンキーでノリのいい当世風の若者のイメージは、相棒のアンドリュー・リッジリーのキャラクターとアイディアを生かしたもので、どちらかというと暗くて内向的なジョージは、松田聖子ばりに「陽キャのジョージ」を演じていて、それがはまって大スターになっていったわけです(これは当時からインタビューなどで語られていました)。
ところがジョージは「本当の自分をさらけ出し、本当の自分を愛してもらいたい」という欲求を抑えられなかった。
ジョージ・マイケルはジョルジオス・キリアコス・パナイオトゥなのだから、ジョルジオス・キリアコス・パナイオトゥとして愛されたい、それを望んだっていいはずだ、というわけです。
そしてジョージは自分の性癖をさらけ出し、それを丸ごと愛してくれと叫んだ。
でもゲイなのはともかく、ドラッグに手を出し、夜な夜な街に繰り出してワンナイト・ラブの男の子を漁り、その場所も公衆トイレで、、、っていうんだから、「それが本当の僕なんだから受け入れて愛して」と言われてもハードルが高い。
パパラッチの餌食になるのも、私を含めたファンの心が離れるのも、無理からぬことだと思います。
ジョージも松田聖子になればよかったのに。
せっかくアンドリューが、「みんなに愛されたい」と言う友人のジョルジオス・キリアコス・パナイオトゥのために、誰からも愛されるジョージ・マイケルというキャラクターを作ってくれたのだから、アンドリューの言うことを聞いて松田聖子になっていれば、ジョージが望んだマドンナみたいなスーパー・スターであり続けられたのに。
でもジョージはどうしてもできなかった。
松田聖子のようにビジネスライクに割り切ることができず、フィクションであるべきところにリアルを持ち込んでしまった。まるで中森明菜のように。
でも「僕が思うようにみんなにも思われたい!」なんていうのは我儘でしかない。
その結果、思ったようには思ってもらえず、すべてが思い通りに運ばなくなり、収拾がつかなくなっていく。
結局、中森明菜とジョージ・マイケルは「文学、それも私小説系の文学」に行ってしまったんだなあと思います。
でも文学、それも私小説系の文学なんて戦後しばらくまでがせいぜいで、現代はもう死滅しました。私小説なんてもう流行らないわけです。
松田聖子はそうと知ってか知らずか「私小説」なんて面倒なことはせず、「アイドル職人」になった。だから生き残った。
つまるところ、中森明菜とジョージ・マイケルの二人が証明したことは、「現代は私小説という表現方法は死んだ」ということだったんだな、と思います。
実際、世の中を見渡せば「本音と建て前」の「建て前」ばかりです。本音を言うとSNSにぶっ叩かれ抹殺されてしまうのですから、誰もがきれいごとばかり。みんな嘘ばっかりです。
こういった風潮は80年代には見られなかったことで、90年代以降に始まった事だと思います。そして21世紀に入ってから拍車がかかっていく。
その結果、アーチストでも公人でもない一般庶民までもが、自分の本音を自分で殺し、フィクショナルな自分を演じる時代になりました。
結局、アンドリューと松田聖子が正しかった。
でも逆に言えば、そんな時代だからこそ中森明菜やジョージ・マイケルのような、私小説的な表現しかできないアーチストが、いま改めて注目されているのかもしれません。
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